旧道沿いの民家はどうして軒が低い
「民家に学ぶ家づくり」吉田桂二を読んで、
旧道沿いを歩くと屋根の低い家に出会える。その理由が本書で分かった。
江戸時代には、通りから下がって家を建てることが硬く禁じられていたので、古い町に見る、整然とした町並み景観が形成されてきた。
また、江戸時代には「通りを行く武士を上から眺め下ろすのは不敬」とされ、通りに面した2回に部屋を取ることができなかった。
そこで「つし二階」と呼ばれる天井の低い二階をとし、部屋にも使っていたこともあるが、本来は物置として使っていた。
眺め下ろすのは不敬というよりは、防犯上の配慮だったのであろう。
前に述べたように、家を通りから下げて立てるのを禁じたのは、攻め入った敵がそこに身を隠す恐れがあるからで。
二階もまた、そこから攻撃してくれば、ひとたまりもないことを考えてのことだと思う。
矢でも鉄砲でも、撃ち下げる時の威力は絶大である。
本来うなぎの寝床のような町屋が、通りに面して二階が作ることができれば快適な部屋になることは明らかで、明治時代になり身分制度がなくなると競って通りに面した部分を部屋にした「本二階」が立てられるようになった。
こうした歴史の流れを見ると、古い町並みを歩いたとき、その民家のおおよその建築時期がわかるので面白い。
またヨーロッパの広場に面した建物なども「ファサード」と呼ばれるもので、隣の建物と隣接して連なったような景色を見ることができる。これも実際に建物同士がくっついているのではなく。前面の壁だけを隣地ぎりぎりまで延ばしたもので、これも以前防犯上の配慮からと何かで読んだような気がする。
西洋人も日本人も同じようなことを考え、建築を形作っているのが興味深い。
※近藤が住宅専門書や業界紙などを読んで、これはと思うものの備忘録です。